阿部長商店 常務執行役・阿部隆憲 (取材:澤田てい子)
慎重であり、大胆である
――情報と信頼で“勝負を設計”する人「阿部隆憲」
阿部長商店 常務執行役・阿部隆憲(以下、阿部常務)は、自分のことを「慎重なタイプ」だと言う。
一方で、取引のあり方を見直し、品質の良い魚を責任をもってまとめて買い付けながら、20年にわたってカツオを任され続けてきた。
慎重であり、大胆。
この一見矛盾した二つが、阿部常務という人間の核にある。
「自分で選んだ仕事は、ひとつもない」
事務、製造、仕入れ販売と、会社の中でさまざまな役割を経験してきた。
キャリアだけを見れば、計画的に積み上げてきたようにも映る。
けれど阿部常務は、自身の歩みをこう振り返る。
「最初から“こうなりたい”と決めていたわけではないんです」
その時々に求められた役割を引き受け、目の前の仕事に全力で向き合ってきただけ。
結果として、今がある。
「計画的偶発性理論」。
降ってきた偶然をきちんと掴み、積み上げていくことで、
結果的に行くべき場所にたどり着く、という考え方だ。
「まさに、それですよね」
阿部常務は、そう笑う。
「吐き気がしましたよ」から始まった、カツオ担当
阿部常務がカツオを担当することになったのは、30歳前後の頃だった。
「来週からカツオね」
そう言われただけだった。
引き継ぎは、ほとんどない。
知識も経験も、十分とは言えなかった。
カツオやサンマは、市場の中でも特別な魚だ。
経営者クラスが自ら仕入れに立ち、
長年の経験と勘がものを言う世界。
そこに、ほぼゼロベースで放り込まれた。
「吐き気がしましたよ。ほんとに」
逃げ場はなかった。
やるしかなかった。
当時、カツオの仕入れを専門的に担う体制が十分整っていたわけではなかった。
引き継ぎらしい引き継ぎもないまま、市場に立ち続けた。
そんな中で救いになったのが、他社の人間だった。
本来はライバルのはずのカツオのプロたちが、
魚の見方を教えてくれた。
地域による違い。
用途による違い。
スーパー向け、料理屋向け、寿司屋向け。
「今思えば、相当ありがたいことですよね」
可哀そうだと思われたのかもしれない。
でも、その“外からの学び”が阿部常務の基礎をつくった。
カツオはギャンブルじゃない。情報が8割
カツオの仕入れは、
見本に出された数匹の魚だけで決める仕事ではない。
一隻の船が一度に何トン獲ったのか。
複数の漁場か、単発の漁場か。
水温、群れ、獲り方。
単発的に評価の高い魚よりも、
一定の品質が安定して揃っていることの方が、
結果としてお客さんの満足につながる。
「1本外したら、もうゼロですから」
だから阿部常務は、魚を見る前に、情報を見る。
全国で今日は何トン上がっているのか。
東京・大阪・名古屋の相場はどうか。
この魚を買ったら、
お客さんは「いつも通り良かった」と言ってくれるか。
「できる限り多くの情報を集め、事前に状況を把握することは欠かしません」
本質はシンプルだ。
準備を、徹底する。
「情報が8割。勝ち筋が描けない勝負には、安易には踏み込まない」
慎重だからこそ、
勝てると確信したときは、思い切って踏み込める。
1位は狙わない。目的は“従業員の豊かさ”
仕事が回り始めた頃、
阿部常務はひとつの大きな決断をする。
取引先を、絞った。
2番手、3番手でしか使われない仕事。
利益が残りにくい仕事。
そうした取引を、自分の代で整理した。
「怖かったですよ。売上は落ちますから」
それでも、やった。
量を減らし、質を上げる。
その代わり、
持っている情報と、いい魚は、全力で届ける。
阿部常務にとって、
1位になること自体が目的ではない。
「従業員が満足して、
ちゃんと利益が残る方が、よっぽど強いと思うんです」
結果として、一昨年。
気仙沼市場で、カツオの取扱量は1位になった。
狙ったわけではない。
ただ、やるべきことをやった結果だった。
変化の真っ只中にある水産業で、メーカーとして果たす役割
水産業はいま、大きな変化の真っ只中にある。
船は減り、人は減り、原料も減っている。
「正直、子どもに勧められるかと言われたら…」
言葉を選びながら、そう話す。
だからこそ、
阿部長商店は「メーカーとしての価値」を高めなければならない。
加工で付加価値をつけること。
ブランドとして信頼されること。
そして、生産者や船のこだわりを、きちんと伝えること。
MSCやASCといった認証は、
今はまだ“種まき”の段階だ。
「今すぐ高く売れるわけじゃないです」
それでも、
教育を受けた世代が大人になったとき、
選ばれる側にいるために、先手を打つ。
次の10年の仕事は「後継者づくり」
これからやりたいことを聞くと、
答えは明確だった。
「後継者を育てないといけない」
自分が辞めたとき、
会社が崩れないように。
慎重に下調べをし、
十分な準備を重ねたうえで、
勝負に臨める人。
震災の「解雇しない」が、いまも背中を押している
阿部常務の原動力の奥には、
震災の記憶がある。
震災直後、
社長は「解雇しない」と決めた。
仕事がない中でも、雇用は守られた。
「あれは、今でも大きな借りです」
だから、仕事を紡ぐ。
会社に貢献する。
「借りを返してるだけなんですよ」
そう言いながら、
阿部常務は今日も市場に立つ。
慎重に、
大胆に。
魚を買う人ではなく、
情報と信頼で、
勝負を設計する人として。
取材:澤田てい子(左)
■産地ストーリー
東日本大震災で東北の水産業が壊滅的な被害を受けたなか、株式会社カネシメイチが所有する遠洋かつお一本釣り漁船「亀洋丸」は奇跡的に被害を免れました。弊社は、震災以前より生産者が見える商品づくりのパートナーとして取り組みを続けています。